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幸田町東京2020オリンピックホストタウン事業 号外 幸田町とハイチ共和国とのホストタウンフレーム切手 - 3人のハイチ人画家

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記事ID:0010165 更新日:2021年6月11日更新

号外 幸田町とハイチ共和国とのホストタウンフレーム切手 - 3人のハイチ人画家

この度、6月16日に、オリジナル フレーム切手「幸田町×ハイチ共和国 ホストタウン フレーム切手」が発行される運びとなりました。この記念フレーム切手には、幸田町の公式キャラクター「えこたん」、幸田文化公園のしだれ桜、幸田町特産の筆柿、手筒花火、こうた凧揚げまつり、そしてハイチの世界遺産シタデル(要塞)と並んで、3枚のハイチ人画家の絵画がプリントされています。

ハイチの芸術、ハイシアン・アートは、素朴派、ブードゥー教の影響を受けたものから、留学等を通じて欧米の影響を受けたものまで様々です。独自性、色彩の豊かさや鮮やかさ、そして大胆な表現力や構図で知られており、フランスのドゴール政権で長く文化相を務めたアンドレ・マルロー(André Malraux)が1975年12月から76年1月までハイチを訪問した際に、ハイチ絵画、とりわけサン・ソレイユ派の絵画に感銘を受けて「最高の絵描き民族」と評して以来、ハイシアン・アートは国際的な評価を得るに至りました。

 
フレーム切手

オリジナル フレーム切手「幸田町×ハイチ共和国 ホストタウン フレーム切手」の情報についてはこちら

※「フレーム切手」は日本郵便株式会社の登録商標です。

 

ここで、記念フレーム切手に使われた3人のハイチ人画家について簡単に紹介したいと思います。

 

(1) アンリ・ロベール・ブレジル 「地上の楽園」

ブレジル(1952-1999年)は、ゴナイブ市出身で、森の泉にフラミンゴが羽休めをしている印象的な風景を描くスタイルで、日本で人気のあるハイチ画家の一人です。

 

号外2 

プレジル「地上の楽園」

(2)プレフェト・デュフォー 「空想都市」

デュフォー(1923-2012年)は、ジャクメル市出身で、若い時は父親の船造りを手伝っていましたが、1944年にハイチに芸術センター(le Centre d’Art)を創設したアメリカ人デウィット・ピーター(DeWitt Peter)にその才能を見出されて画家になり、70年間にわたりカラフルな空想都市を描き続けました。

 
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デュフォー「空想都市」

 

(3)プロスペール・ピエール・ルイ 「聖太陽家族」

ピエール・ルイ(1947-1997年)は、アンドレ・マルローが評価したサン・ソレイユ派の5人の画家(5人の太陽(cinq soleils:サンク・ソレイユと発音)の一人です。彼の絵は、キリスト教とアフリカ人祖先の宗教が混然となったブードゥー教のロアと呼ばれる精霊(人間の姿をしています。)が主なモチーフになっています。

 
号外4
ピエールルイ「聖太陽家族」

 

この3枚の絵の画像を記念フレーム切手のために提供してくれたのは、画廊ギャラリー・ナデールのオーナーのジョルジュ・ナデール氏です。2010年のハイチ大震災で文化遺産ともいえる絵画が損傷した際には、ナデール氏は、米国のスミソニアン博物館の協力を得ながらその修復に当たりました。2015年にはハイチ文化省から国の文化遺産保護への貢献を顕彰され、彼は、「ハイチ絵画遺産の保護者」と呼ばれています。彼は、ハイチ文化の保護・発展のため、1万4300点の所蔵品から文化遺産といえる771点を売却対象から外し、ハイチアートを世界に紹介するマリー・ジョルジュ・ナデール基金(2017年)を設立しました。

 

愛知県でも、1992年10月、おかざき世界子ども美術博物館でハイシアン・アート展が開催されています。当時館長だった長谷川栄国際美術評論家連盟会員が企画したもので、この時もナデール氏が協力しています。その後も、2010年のハイチ大震災を契機に、2010年から翌11年にかけて、西尾市、四日市市、秋田市、富岡市、酒田市、川崎市等各地で「ハイチの素朴な絵画展」が開催されました。

 

(注記)

今回の3枚の絵画はギャラリー・ナデールが所蔵しています。同ギャラリーのHPでは、ナデール基金で活用される絵画をはじめ、多くのハイチの作品が閲覧できます。http://galerienader.com/<外部リンク>

ハイシアン・アートについては、私の前任の八田善明前大使がAPIC一般財団法人国際協力推進協会のシリーズカリブ紹介「ハイチ便り」の第三回で取り上げていますので、こちらも是非ご覧ください。

http://www.apic.or.jp/projects/haiti003.html<外部リンク>

 

追記 ジャルジー地区のカラフルな家はデュフォーへの親愛の証

 

多くの国民から愛された画家デュフォーが2012年に亡くなると、彼への親愛の証(オマージュ)として、ペチョンビル市至近のジャルジー地区の住民達は、デュフォーが描く空想都市の建物のようなカラフルな色で自分の家を彩って彼の死を悼みました。このカラフルな家並みは、日本大使館からも眺めることができます。

 
号外5
日本大使館から見たジャルジー地区:筆者撮影

 

水野光明在ハイチ日本大使の紹介
幸田小学校、幸田中学校卒。創価大学大学院経済学研究科中退。1991年外務省入省。外務省では、主に貿易、国際協力、条約、国連関係の仕事に携わり、海外は、ガボン共和国、フランス、コンゴ民主共和国、スイス(ジュネーヴ)、国連開発計画(ニューヨーク本部)で勤務。2018年12月から現職。


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